何度か来店されたのちに「このお店にカメラとか入ってもいい?」とあなたは言いました。
「いいですが、何をされている方なのですか?」と問うと「物書きです」との返答。
頂戴した名刺から検索し、「【千の風になって】でレコード大賞作曲賞受賞、【尋ね人の時間】で芥川賞受賞、長野オリンピックイメージ監督、日本ペンクラブ常務理事」などなど、これでもかの肩書の数を追ってた目がクラクラしたことを覚えています。
「千の風になって」はもちろん私も知っていて、予め周到に戦略的に作られた巷にあるヒット曲とは明らかに一線を画している高純度のこのような曲がミリオンセラーになるというのは我が国の音楽シーンも捨てたもんじゃないなと思っていました。
でもこの歌を作った人のことはまるで知りませんでした。
作品は超有名でありながら作者は前に出ず、変装も何もせず、堂々と、というより飄々と、それこそ風のようにご夫婦で来店され、以来私と交わした様々な会話の内容はこれからも私の宝物です。数年前の大晦日、年内最終営業日に来店されたあなたに(その夜、紅白で秋川雅史さんが「千の風になって」を歌唱することになっていた)、「今夜はこれからNHKホールですか?」と問うと「いや、家にいるよ」というあなたに「家でテレビでっていうのもなんかイイですね」と続けると「テレビは見るかもしれないし見ないかもしれない」という返答がまたなんだか痺れました。
とある12月26日、まだ店内には木彫りのサンタクロースが仕舞い忘れられていた状態を見たあなたが言った「日本一早いクリスマスの準備だね」という台詞にもまたヤラれました。
「富士山を世界遺産に!」という決起集会のようなものがあって、講演者にはあなたの他に中曾根康弘元首相や長澤まさみらもいて、その後のレセプションパーティーにも招待された私と妻は間違いなくそこで最も場違いな人間で、会場の隅っこのテーブルで飲み食い(しっかり飲み食いはしている)していた我々夫婦のところに来て以後ずっとそこのテーブルに居続けてくれて、多くの関係者があなたのところに名刺を持って挨拶しにくる中、「この方たちは近所の喫茶店の人です」と満面の笑みで紹介してくださった奥様の紀子さんのことも私は一生忘れず謝意を持ち続けるでしょう。
一昨年に私が初めて出版した本を読んでくださったという電話を頂戴したとき、開口の「お元気ですか?」の問いに「元気じゃないねぇ~」というちょっと予想外の返答が来た時に凄く嫌な予感がしたのは事実であります。あの時点でかなり辛い状態だったことが今ならわかるのですが、言葉数少なにあなたが電話の向こうで複数回放ったフレーズが「Love & Peace」でした。世に数多ある言葉や麗句、それらをどれほど駆使し味わい尽くしたであろうあなたが最終的に選び好んだ一言がこの「Love & Peace」だった気がします。
この正月帰省した私は実家の母が「私が死んだ時に流してほしい曲」として「千の風になって」を指定したことを知らされました(これは公式の遺言として手続きを踏んで認定されたものとのこと)。横浜から北海道大沼に居住が変わり、遠い場所から毎年年賀状まで頂戴していましたが、風になったあなたはなんだか今は大沼よりも近くにいるような気がします。
あなたが言う「風とは息」で「大地のいぶき」であり「地球の呼吸」であるならば、風になったあなたは「愛」を呼び「平和」を吸ってという「呼吸」を繰り返し、今日も近くで遠くで吹きわたってくれているんでしょうね。
#写真はその富士山を世界遺産に決起集会レセプションパーティーの時のもの
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